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ひのとり

火の鳥

太宰 治

線上閱讀太宰 治《火の鳥(ひのとり)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 頁

青空文庫

生れてはじめて見る楽屋。

☆

高野さちよは、そのひとつきほどまえ、三木と同棲をはじめていた。数枝いいひと、死んでも忘れない、働かなければ、あたし、死ぬる、なんにも言えない、鴎は、あれは、唖の鳥です、とやや錯乱に似た言葉を書き残して、八重田数枝のアパアトから姿を消した。淀橋の三木の家を訪れたのは、その日の夜、八時頃である。三木は不在であったが、小さく太った老母がいた。家賃三十円くらいの、まだ新しい二階建の家である。さちよが、名前を言うと、おお、と古雅に合点して、お噂、朝太郎から承って居ります、何やら、会があるとかで、ひるから出かけて居りますが、もう、そろそろ、帰りましょう、おあがりなさい、と小さい老母は、やさしく招いた。顔も、手も、つやつやして、上品な老婆であった。さちよは、張りつめていた気もゆるんで、まるで、わが家に帰ったよう、案内する老母よりさきに、階下の茶の間へさっさとはいって、あたかも、これは生きかえった金魚、ひらひら真紅のコオトを脱いで、

「おかあさまで、ございますか。はじめてお目にかかります。」とお辞儀して、どうにも甘えた気持になり、両手そろえてお辞儀しながら、ぷっと噴き出す仕末であった。