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ほのおのなかにうたう

焔の中に歌う

野村 胡堂

線上閱讀野村 胡堂《焔の中に歌う(ほのおのなかにうたう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,476 字 · 27 頁

青空文庫

菜葉色になった、洗いざらしの単衣を裾短かに、心の出た小倉の角帯、几帳面な前かけ、鼠色になった白足袋に、朴歯の下駄をはいて、右の小脇に長い杖を抱えたまま、一心不乱にハーモニカを吹いて居るのは、十八九とも見える、唯の按摩さんだったのです。

青々と剃った坊主頭を打振り乍ら、葡萄のような目をむき、蟹のような泡を吹き、「ラ・ムール、ラ・ムール」と、あすこの所を一生懸命に吹く様子と言ったらありません。けれども、存分にグロテスクな顔には、不思議に芸術的陶酔らしいものが輝いて、汚い割にはどうも憎めない男です。

「ネ、私のパトロンは素的でしょう」

近々と寄り添う頬の温かみ、香料と異性の血の匂いが、深井少年をうっとりさせます。

「ですから、時々私はピアノを弾きながら、あの按摩さんの為に歌ってやるんです……ピアノを窓際へ置くのは、陽が当って悪いことは百も承知ですが、私の一番の崇拝者に聴かせるように、こんなに窓際までピアノを引張って来たんです」

この歌い手は何んという不思議な女でしょう。深井少年は、驚きと好奇とちゃんぽんになった心持で、改めて自分と並んで居る美しい横顔を見詰めました。