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むめいさっかのにっき

無名作家の日記

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《無名作家の日記(むめいさっかのにっき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 21,441 字 · 43 頁

青空文庫

あいつは、俺が少しでも、甘そうなものを読んでいると、きっと前のように嫌がらせをいった。それと同時に、俺がイプセンの「ブラン」のように少し難解な物を、読んでいると、

「ほう!『ブラン』かい! 君に分かるかい!」と、いいやがった。こんな時、俺はあいつを殴りつけてやりたいと思ったが、あいつの白皙な額と、聡明な瞳とを見ると、ある威厳を感じて、肉体的には俺よりもよっぽど弱いあいつを、どうすることもできなかった。あいつは、桑田、俺、杉野、川瀬などの創作家志望の連中ばかりが、集っている時に、よくこんなことをいった。

「俺たちが、皆だんだん文壇的に認められていく。が、一人ぐらいはなんだか、取り残されそうだよ。皆が新進作家として、わいわい持てはやされている時に、自分一人取り残されている。ちょっと変なものだろうな。がその貧乏くじは、案外俺かも知れんて!」

彼はそういいながら、自信にみちて哄笑した。そして、俺の方を意味あり気に、ちらっと見た。俺は、かなり嫌な気持になった。同じく創作家として、出立したもののうち、その一人がいつまでも、取り残されるということは、いかにも皮肉なことで、残される当人になってみれば、まったく堪らないことに相違なかった。