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ことのそらね

琴のそら音

夏目 漱石

線上閱讀夏目 漱石《琴のそら音(ことのそらね)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 20,985 字 · 42 頁

青空文庫

靴は昨夜の雨でとうてい穿けそうにない。構うものかと薩摩下駄を引掛けて全速力で四谷坂町まで馳けつける。門は開いているが玄関はまだ戸閉りがしてある。書生はまだ起きんのかしらと勝手口へ廻る。清と云う下総生れの頬ペタの赤い下女が俎の上で糠味噌から出し立ての細根大根を切っている。「御早よう、何はどうだ」と聞くと驚いた顔をして、襷を半分はずしながら「へえ」と云う。へえでは埓があかん。構わず飛び上って、茶の間へつかつか這入り込む。見ると御母さんが、今起き立の顔をして叮嚀に如鱗木の長火鉢を拭いている。

「あら靖雄さん!」と布巾を持ったままあっけに取られたと云う風をする。あら靖雄さんでも埓があかん。

「どうです、よほど悪いですか」と口早に聞く。

犬の遠吠が泥棒のせいときまるくらいなら、ことによると病気も癒っているかも知れない。癒っていてくれれば宜いがと御母さんの顔を見て息を呑み込む。

「ええ悪いでしょう、昨日は大変降りましたからね。さぞ御困りでしたろう」これでは少々見当が違う。御母さんのようすを見ると何だか驚いているようだが、別に心配そうにも見えない。余は何となく落ちついて来る。