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たざきそううんとそのこ

田崎草雲とその子

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《田崎草雲とその子(たざきそううんとそのこ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 19,568 字 · 40 頁

青空文庫

『絹へ?』

草雲は、胸がつまって、思わず、依頼者に聞えては恥しいような生唾をのんだ。

『承知いたした。いつ迄』

『秋の私宅開きに、表装して懸けたいと存じますので』

帰ってゆくその人の跫音さえ、彼の胸に、幸福な音がした。すぐ、妻を呼んで、

『菊、よろこんでくれ。――これを一つ描き上げれば、少しはおまえのしのぎがつこう』

一度だって、この家に、訪れた事のない純白な絵絹をくりのべて見せると、お菊は、二十余年の闇に、ぽちと、花か、光か、とまれ希望の酬われを見たように、

『ま……』

と、いった儘、ぼろぼろと涙を流した。

『よしっ、俺に与えてくれた天の機会だ。俺はこれをもって、世間に問おう』

彼の必死な精進は始まった。

絹はわくに張られた。下絵をつける。十度も、二十度もつける。惨憺たる経営である。これさえ描き上ればと、あてがあるのであらゆる物を売って、絵具にかえた。構図はできた。線描もすすんで行く。

同時に、彼は、朝か夕かを、浅草の観音へいって礼拝することを日課にしていた。秋に近く、やがて、絵は描き上った。

『む……』

と、筆を擱いた、草雲の太い息に、つよい自信がふくまれていた。