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ちちぶきこう

知々夫紀行

幸田 露伴

線上閱讀幸田 露伴《知々夫紀行(ちちぶきこう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 15,784 字 · 31 頁

青空文庫

八月六日、知々夫の郡へと心ざして立出ず。年月隅田の川のほとりに住めるものから、いつぞはこの川の出ずるところをも究め、武蔵禰乃乎美禰と古の人の詠みけんあたりの山々をも見んなど思いしことの数次なりしが、ある時は須田の堤の上、ある時は綾瀬の橋の央より雲はるかに遠く眺めやりし彼の秩父嶺の翠色深きが中に、明日明後日はこの身の行き徘徊りて、この心の欲しきまま林谷に嘯き傲るべしと思えば、楽しさに足もおのずから軽く挙るごとくおぼゆ。牛頭山前よりは共にと契りたる寒月子と打連れ立ちて、竹屋の渡りより浅草にかかる。午後二時というに上野を出でて高崎におもむく汽車に便りて熊谷まで行かんとするなれば、夏の日の真盛りの頃を歩むこととて、市中の塵埃のい、馬車の騒ぎあえるなど、見る眼あつげならざるはなし。とある家にて百万遍の念仏会を催し、爺嫗打交りて大なる珠数を繰りながら名号唱えたる、特に声さえ沸ゆるかと聞えたり。

上野に着きて少時待つほどに二時となりて汽車は走り出でぬ。熱し熱しと人もいい我も喞つ。鴻巣上尾あたりは、暑気に倦めるあまりの夢心地に過ぎて、熊谷という駅夫の声に驚き下りぬ。