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まつりのよる

祭りの夜

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《祭りの夜(まつりのよる)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,781 字 · 20 頁

青空文庫

政代の眼は、なにかふとしたきっかけで、深い陰を宿すことがあった。顔は美人というほどではないが整っていて、皮膚は白粉やけしながら磨きがかかっており、切れの長い眼に瞳がちらちら光り、睫が長く反り返っていて、まあ深みのない顔立なのだが、ちょっと瞬きをするとか、ふと考えこむとか、なにかごく些細なきっかけで、眼に深い陰が宿るのである。以前は芳町の芸妓で、戦争になって花柳界閉鎖後も、政界に暗躍してる八杉の世話になり、東京近くのこの町にのんびり暮している彼女のこととて、眼に宿るその陰に、特殊の意味があるのではない。感傷とか焦燥とか慾望とか、そういうはっきりした色合があるのでもない。謂わば、一片の雲が湖水に影を落すように、睫がその影を眼の中に落すのでもあろうか。眼の中がふーっとかげってくる。そのかげりが、暗くはないが、へんに深々とした感じで、人の心を誘い込む。三十五歳ほどの女性の肉体の魅惑が、その底に潜んでるとも言える。――そのような印象を、私は受けた。

いつ頃からのことなのか、考えてみても、私には分らない。初めは全然気付かなかった。だが一度気付くと、二度三度と、彼女の眼の中の陰は次第に深くなってゆく、そんな工合だった。