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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
線上閱讀鈴木 大拙《禅堂生活(こうせんぜんじのことども)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 27,634 字 · 57 頁
老師はまた進化論などにも興味をもたれた。兎に角、新進の知識に触れようとせられたことは、注意すべきであろう。年は老いても精神の老いざることを示すものがあって嬉しい。
『宝鑑録』を読むと末後に左の記事がある。
師(愚堂)齢八旬余、一日〔豊〕玉に語りて曰く、老僧往年、本山に住するの日、単伝和尚、時に九十余齢なり、余の上堂の語を見て、歎美して曰わく、公猶未だ老いたりとせず、意を刻せば則ち成らざるなけん。噫、羨望すべきのみと。余既に耳順、自ら謂えり這老耄矣、蒲柳の質甚をなすにか堪えんと。今指を屈するに已に二十年に垂んとす。その間孜孜として之を懋めば、当に事として成らざるなかるべし。老禅の一語、実に虚しからざる也、古人学業終身を期せんのみ。汝等深く思うて旃を勉めよ。
これはまことに有り難き垂誡である。終身を期することは単に知識を新にし、思想を深めるなど云う知性的方面だけでなく、徳行の方面、人格向上の方面につきても亦大いにしか云うべきものがある。「これですんだ」と云うことは、棺の中へ這入るまでは云われぬことである。隠居など云うことは有るべからざる事である。
洪川老師は色々の覚帳を用意して居られた。