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こうせんぜんじのことども
禅堂生活
鈴木 大拙
線上閱讀鈴木 大拙《禅堂生活(こうせんぜんじのことども)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 27,634 字 · 57 頁
併しわしらは自分の持って居る力を日々提供して居る。少しの学問でもあれば、それを奉仕の用に使う、読書の力、文章の力、思索の力、何でも有るものは悉く公衆のため文化促進のために使って居る。そうして是等は金銭で換算せられて居らぬ、その実は換算出来ぬのである。禅堂の師家など如何にも無報酬労働主義を体験して居らるる、えらいものである。その労働を資本主義家の金にしたらどの位になるか知れぬ。数字に直して何十とか何百とか云えば、世間の盲目漢はきょろきょろする、如何にも見苦しい。共産主義の人々は此等俗人の俗見に倦いて来た、それでこれを経済的見地から改造しようと思うのである。併し見地が経済的水準を出ない以上は、何処かに欠陥が現われないでは止まぬ。そうしてその欠陥が以前のより更に大なるかも知れぬ。どうしても考を経済学以上の処まで上げなくてはいけない。それをなし得るのは、宗教の力、殊に僧堂の如き教育組織の下で成就すると信ずる。
今日の僧堂教育は種々な方面から改造を要することであろう。それはその局に当るものが深く考えたら何か名案が出るに相違ない。只わしらの大に当局者に頼みたいことは、上来ほんの大体だけを述べた陰徳と労力主義との二つを教育の中心にして万端の施設をそれから割出して欲しいと云うことである。