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むらさきだいなごん

紫大納言

坂口 安吾

線上閱讀坂口 安吾《紫大納言(むらさきだいなごん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 12,899 字 · 26 頁

青空文庫

それゆえ、多感な郎子たちが、心にもあらず、恋人の役を怠りがちであったころ、この人ばかりは、とんと夜道の寂寞を訝りもせず、一夜の幸をあれこれと想い描いて歩くほかには、ついぞ余念に悩むことがないのであった。

一夜、それは夏の夜のことだった。深草から醍醐へ通う谷あいの径を歩いていると、にわかに鳴神がとどろきはじめた。よもの山々は稲妻のひかりに照りはえ、白昼のごとく現れて又掻き消えたが、その稲妻のひらめいたとき、径のかたえの叢に、あたかも稲妻に応えるように異様にかがやくものを見た。大納言はそれを拾った。それは一管の小笛であった。

折しも雨はごうごうと降りしぶいて、地軸を流すようだったので、大納言は松の大樹の蔭にかくれて、はれまを待たねばならなかった。

雨ははれた。谷あいの小径は、そうしてよもの山々は、すでに皓月の下にくっきりと照らしだされているのであった。と、大納言の歩く行くてに、羅の白衣をまとうた女の姿が、月光をうしろにうけて、静かに立っているのであった。

「わたくしの笛をお返しなされて下さいませ」

鈴のねのような声だった。それは凜然として命令の冷めたさが漲っていた。