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くさもみじ
荷風随筆集(下)
永井 荷風
線上閱讀永井 荷風《荷風随筆集(下)(くさもみじ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 30,512 字 · 63 頁
さればわたくしの江戸趣味は米国好事家の後塵を追うもので、自分の発見ではない。明治四十一年に帰朝した当時浮世絵を鑑賞する人はなお稀であった。小島烏水氏はたしか米国におられたので、日本では宮武外骨氏を以てこの道の先知者となすべきであろう。東京市中の古本屋が聯合して即売会を開催したのも、たしか、明治四十二、三年の頃からであろう。
大正三、四年の頃に至って、わたくしは『日和下駄』と題する東京散歩の記を書き終った。わたくしは日和下駄をはいて墓さがしをするようになっては、最早新しい文学の先陣に立つ事はできない。三田の大学が何らの肩書もないわたくしを雇って教授となしたのは、新文壇のいわゆるアヴァンガルドに立って陣鼓を鳴らさせるためであった。それが出来なくなればわたくしはつまり用のない人になるわけなので、折を見て身を引こうと思っていると、丁度よい事には森先生が大学文科の顧問をいつよされるともなくやめられる。上田先生もまた同じように、次第に三田から遠ざかっておられたので、わたくしは病気を幸に大正四年の十二月をかぎり、後事を井川滋氏に託して三田を去った。わたくしは最初雇われた時から、無事に三個年勤められれば満足だと思っていた。