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あしはみていた

葦は見ていた

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《葦は見ていた(あしはみていた)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 17,985 字 · 36 頁

青空文庫

そのとき観音寺の鐘が鳴りはじめた。

「時刻だな」と彼は呟いた、「いよいよそのときか、――」

東次郎は袴の股立をしぼった。

鐘楼は丘のかげにあるので、それほど音は高くないが、鐘の響きは濃霧にこもって長く、一音、一音がおもおもしく、長く尾をひいて、城下町のほうへと鳴りわたっていった。

東次郎はふと眼をそばめた。向うの、丘の登り口に人の姿が見えたのである。霧のためにはっきりしないが、藤吉計之介にまちがいはない。――彼は刀の目釘をしめし、草履をぬいで足袋はだしになった。

計之介は走って来た。

東次郎は足もとを眺めやり、それから、刀の柄に手をかけて、走って来る計之介のほうを見た。計之介は三間ほど先で停った。

計之介は蒼い顔をしていた。頬骨の出た、ひどく窶れた顔が、走って来たあとなのに蒼白く、そうして激しく喘いでいた。

「こっちはいいぞ」と東次郎が云った、「待っているから早く支度をしろ」

「それには及ばない」

計之介は刀を抜いた。

「支度をしろ」と東次郎が云った、「そんな恰好で勝負ができるか」

「なに、――なに、きさまくらい」

計之介は身構えをした。

「だめだ」東次郎は首を振った、「そんな恰好で勝負ができるものか、ちゃんと支度をしなければおれはやめる」