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かいろこう

薤露行

夏目 漱石

線上閱讀夏目 漱石《薤露行(かいろこう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 19,925 字 · 40 頁

青空文庫

わが坐わる床几の底抜けて、わが乗る壇の床崩れて、わが踏む大地の殻裂けて、己れを支うる者は悉く消えたるに等し。ギニヴィアは組める手を胸の前に合せたるまま、右左より骨も摧けよと圧す。片手に余る力を、片手に抜いて、苦しき胸の悶を人知れぬ方へ洩らさんとするなり。

「なに事ぞ」とアーサーは聞く。

「なに事とも知らず」と答えたるは、アーサーを欺けるにもあらず、また己を誣いたるにもあらず。知らざるを知らずといえるのみ。まことはわが口にせる言葉すら知らぬ間に咽を転び出でたり。

ひく浪の返す時は、引く折の気色を忘れて、逆しまに岸を噛む勢の、前よりは凄じきを、浪自らさえ驚くかと疑う。はからざる便りの胸を打ちて、度を失えるギニヴィアの、己れを忘るるまでわれに遠ざかれる後には、油然として常よりも切なきわれに復る。何事も解せぬ風情に、驚ろきの眉をわが額の上にあつめたるアーサーを、わが夫と悟れる時のギニヴィアの眼には、アーサーは少らく前のアーサーにあらず。

人を傷けたるわが罪を悔ゆるとき、傷負える人の傷ありと心付かぬ時ほど悔の甚しきはあらず。聖徒に向って鞭を加えたる非の恐しきは、鞭てるものの身に跳ね返る罰なきに、自らとその非を悔いたればなり。