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たこのごときもの

蛸の如きもの

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《蛸の如きもの(たこのごときもの)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 10,085 字 · 21 頁

青空文庫

――大いなる蛸の如きもの、わが眼に見ゆ。

八本の足をすぼめて立ち、入道頭をふり立て、眼玉をぎょろつかせて、ふらりふらり、ゆらりゆらりと、踊り廻り、その数、十、二十、或るいは三十、音楽のリズムの緩急には殆んど無関係に、淡い赤色の照明の中を、ふらりゆらり、くっついたり離れたり、踊り歩き、音楽が止むと、狭いホールの四方に散り、足をひろげてべたりと屈みこむのである。キャバレー・ルビーの夜のひと時。

「なぜ黙ってるの。」

然し、何をしゃべることがあろう。誰だって、口をつぐんでひっそりしている。或るいは、口を利いてもひそひそと、黙ってるのに等しい。蛸に声が出るものか。口をくうくう鳴らし、吸盤をぴちゃぴちゃさせるだけだ。八本の肢体は足ともなれば腕ともなる。足を組み合せ、腕を組み合せ、または互に絡み合せて、吸盤をぴちゃぴちゃ……。擽ったいじゃないか。穢らわしいじゃないか。そら、バンドがまた始めやがった。こんどは踊りっ娘だ。静かに見ていろ。青い照明になったから、そう邪魔にはなるまい。

「ねえ、おなかが空いたわ。」

今時分、なにを言ってるんだ。だから、女は食うことと眠ることだけだ、と木村に言われるんだ。