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たこのごときもの
蛸の如きもの
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《蛸の如きもの(たこのごときもの)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 10,085 字 · 21 頁
おつきあいに、俺も一つ平らげた。
京子と別れた時は、もう日が暮れていた。
掘割の水がどんよりと暗く、それに街の灯が映り、風もないのに柳の若葉がそよいでいる。こんな時、ふしぎに、空の星が見えないものだ。いや、空を仰ぎ見ないものだ。眼は水面に重く垂れ、腹の中にはトンカツが停滞している。むかし、或る歌人が、トンカツのメランコリー、ビフテキのヒポコンデリーを、歌ったことがあった。だが、そんなのよりもっともっと気重いのである。
石垣の下、掘割の中の狭い洲に、なにか黒いものがうごめいている。おもむろに、匍いずるように、移動している。人間じゃあるまい。蛸のような恰好で、ひょっこり、ひょっこり、移動している。あれが立ち上ったら、きっと人間になるだろう。
気重さは、漠然たる怖れに変る。
あ。天啓のように閃めくものがある。
――われ夢を失えり。
失えりと気付くことは、持ちたしと望むことである。
夢を持つには、平素の心掛けが第一であろうが、然し、時と場合によって、臨機応変の方策がないでもなかろう。
都市はふしぎなもので、如何に整然とした都市にあっても、流れや淀みを至る所に作る。