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ぐとくしんらん
西田幾多郎随筆集
西田 幾多郎
線上閱讀西田 幾多郎《西田幾多郎随筆集(ぐとくしんらん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 6,908 字 · 14 頁
宗教の智は智その者を知り、宗教の徳は徳その者を用いるのである。三角形の幾何学的性質を究めるには紙上の一小三角形で沢山であるように、心霊上の事実に対しては英雄豪傑も匹夫匹婦と同一である。ただ眼は眼を見ることはできず、山にある者は山の全体を知ることはできぬ。此智此徳の間に頭出頭没する者は此智此徳を知ることはできぬ。何人であっても赤裸々たる自己の本体に立ち返り、一たび懸崖に手を撒して絶後に蘇った者でなければこれを知ることはできぬ、即ち深く愚禿の愚禿たる所以を味い得たもののみこれを知ることができるのである。上人の愚禿はかくの如き意味の愚禿ではなかろうか。他力といわず、自力といわず、一切の宗教はこの愚禿の二字を味うに外ならぬのである。
しかし右のようにいえば、愚禿の二字は独り真宗に限った訳でもないようであるが、真宗は特にこの方面に着目した宗教である、愚人、悪人を正因とした宗教である。同じく愛を主とした他力宗であっても、猶太教から出た基督教はなお、正義の観念が強く、いくらか罪を責むるという趣があるが、真宗はこれと違い絶対的愛、絶対的他力の宗教である。例の放蕩息子を迎えた父のように、いかなる愚人、いかなる罪人に対しても弥陀はただ汝のために我は粉骨砕身せりといって、これを迎えられるのが真宗の本旨である。