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しんらん
親鸞
三木 清
線上閱讀三木 清《親鸞(しんらん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 36,550 字 · 73 頁
この論理が深く現実の中にあることを自己において見出したものが右の文である。かくして超越的なる真理は内面化されて見出されるのである。
しかしながらこの文はいわゆる客観的な歴史記述ではない。それはまさに宗教的告白である。宗教的告白は一面懺悔であるとともに讃歎である。このことは三願転入の文とのつながりにおいて、その前には、
「かなしきかな、垢障の凡愚、無際よりこのかた、助正間雑し、定散心雑するがゆへに、出離その期なし。みづから流転輪廻をはかるに、微塵劫を超過すれども、仏願力に帰しがたく、大信海にいりがたし。まことに傷嗟すべし、ふかく悲嘆すべし。」
と自督懺悔し、そして三願転入の文に直ちについで、
「ここにひさしく願海にいりて、ふかく仏恩をしれり。至徳を報謝せんがために、真宗の簡要をひろふて、つねに不可思議の徳海を称念す。いよいよこれを喜愛し、ことにこれを頂戴するなり。」
と自督信仰している。かくのごとき告白、自己の内面的生活の記述について機械的に年代の順序を決定しようとすることは、無意味であり、少なくとも無理である。それは年代的解釈を許さない。体験と論理との一つになった文において年代を詮さくすることは無意味である。