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かたられざるてつがく
語られざる哲学
三木 清
線上閱讀三木 清《語られざる哲学(かたられざるてつがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 21,023 字 · 42 頁
懺悔は内に翻された眼によって、そしてその眼は恐らく湿っているであろうが、しみじみと自己を眺めることである。それは他に対しては固より自己に対してでさえ何物をも教えようとはしない絶対に謙虚なる心である。世のいわゆる哲学が集められ貯えられたる智恵に基礎をもつことを誇りげに語ろうとするとき、懺悔は自己が無智において成立する哲学であることをつつましやかに黙しつつ承認する。
けれど私はこの場合哲学がいかなるものであるべきか、厳密にいえば少くとも私の心が要求しまた私がそれを与える人でありたいと欲する哲学が、いかなるものであるべきかについて、二、三の考察を試みておくことが適当であると思う。
一般に哲学へのあり得べき正しき道として三つのものが指摘し得られる。第一は自己の深き体験から出て来、またそれに向う反省から哲学へ至る道である。私たちがふつう不注意と無感覚との中に投げ棄てている日常の瑣末な出来事をさえも自己の魂の奥底へまで持来して感じ、人生において大切なことは「何を」経験するかに存せずして、それを「いかに」経験するかに存するということを真に知れる人はまことに哲学的に恵まれた人である。