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えちごのふゆ

越後の冬

小川 未明

線上閱讀小川 未明《越後の冬(えちごのふゆ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 7,272 字 · 15 頁

青空文庫

今迄頼りに歩いて来た二条の線路は見えなくなった。枕木も隠れてしまった。太吉の笠や着物は重くなるまで雪が積った。益々夜嵐は吹き募って、雪は目となく耳となく、襟元となく入り込んだ。指頭も、足尖も、感じがなくなった。何処も一様に真白になって、もう一歩も踏み出すことが出来ぬまでに四辺が分らなくなった。

「お母!」と太吉は泣声を上げた。

その声は余りに小さかった。弱かった。彼方の畦に悄然と立ってる並木にすら、聞えなかったであろう。漸々黒雲は頭の上を通り越した。薄明るかった南の方の空が、暗くなった。黒雲が空を掩い尽したのである。ただ闇の裡に風が暴れた。雪がさらさらと鳴った。耳に鳴る雪は刻々に地に積る気はいがした。

眤と立ていると手足がしびれて来てだんだん気が遠くなった。遂に何処に何しているのやら分らなくなった。――種々なものが見えた。種々な音が聞え始めた。昼前に造った笛が、あの儘転がっている、水車が歌をうたっている――その歌は水車でなくて、自分が歌っているようにも思われる。桶屋の前に子供が遊んでいた。あの黒い海に鰐が住んでいる。白い徳利の欠が落ちている。笹に白い紙、赤い紙がひらひらと動いている――。