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どうとくのかんねん
道徳の観念
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《道徳の観念(どうとくのかんねん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 71,388 字 · 140 頁
人間相互の物的関係や利益社会関係や共同社会関係が道徳の材料であって、この共同社会関係が他の社会関係の上位に位するようになることが、取りも直さず道徳ということだと考えられている。従って道徳は、もはや経済機構自身や社会機構自身と領域的に別なものではないので、社会全体が道徳的本質に他ならぬものとなる。社会主義も亦一つの倫理学に帰着する。政治も亦道徳に他ならない、ということになっているわけである。――社会を道徳に還元することは独りシュタウディンガーに限らず、多くのカント社会主義者(乃至カント主義的マルクス主義者)の共通特色であって、一見之は、道徳や倫理を、もはや常識的な狭い領域にとじこめられた観念としてではなく、之を最も広範な含蓄を持った観念にまで深化するもののように見えるかも知れない。だが実は、これこそ何よりも、道徳の独立領域という常識観念の誇張の結果そのものなのだ。
カントは経験界とは全く独立な之とは全く絶縁した本体界を、英知界を、道徳の世界・道徳の領域と考えた。之は道徳という領域が何かハッキリと決って他の領域から機械的に限界されて横たわっているという一つの根本的な常識を、批判体系の根柢として採用したことであって、シュタウディンガーやM・アードラー、フォルレンダー達のカント社会主義者は、多かれ少なかれ、この