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どうとくのかんねん
道徳の観念
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《道徳の観念(どうとくのかんねん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 71,388 字 · 140 頁
観念論は一般にだから、この倫理学を利用さえすれば仕事は極めて簡単となる。
自由や理想や人格は、今日の道徳常識では寧ろ平凡な観念になっていると云っていいだろう(自由に就いてはヴィンデルバント『意志の自由』――戸坂訳が参考になろう)。世間の人達が唯物論に反対するために考えつく根拠も、唯物論が之等の問題を(この正に倫理学的な道徳の問題を)、解こうとしないという論拠である。この批難に意味のないことは、いずれ明らかになることだが、併しこの種の倫理学的範疇にもう一つ「我」というカテゴリーをつけ加えたフィヒテのことを忘れてはならぬ。フィヒテはその純粋我なるものの存在の仕方を論じることによって、行・実践なる倫理学的規定を強調するに至った。之は「我」という倫理的主体にとって必然な倫理学的規定だ。処が之は恰も極めて倫理学的な規定であることを見落してはならぬ。なぜというに、ここで行なう行とか実践とかは、何等人間的活動としての産業や政治活動を意味するのではなくて、単に自覚的に考えたり身体を動かしたりするということにすぎないからだ。何でも自覚的にやりさえすれば夫が実践だというわけだ。