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とかいのゆうき

都会の幽気

豊島 与志雄

線上閱讀豊島 与志雄《都会の幽気(とかいのゆうき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 10,559 字 · 21 頁

青空文庫

或る十字街には、争闘者の短刀が閃いただろう。或る石塀には、高笑いをする狂人が唾液を吐きかけただろう。其他数えきれないほどのことを、或る時或る瞬間に或る場所で人は為しただろう。それらのものがみな、この都会の濛気の中に跡を止める。そしてそれが、渦巻き相寄り相集って、さまざまな幽気に凝結し、朧な命を得て浮游する。暴風雨などに逢えば、何処ともなく吹き払われるけれども、静かに空気が淀んで濛気が凝ってくると、ぼんやりとそこいらに立現れ、ふらふらとそこいらを彷徨する。明るい真昼の光りに照らさるれば、いつしか解けて無くなるけれども、薄ら寒く日が蔭ったり、夜の闇が落ちてきたり、すると、また茫と現れてくる。

その頃私は、晩になると外に出かけて、夜遅くならなければ帰って来られないような習慣……というより寧ろ気分に、陥ってしまっていた。恋に破れて凡てのものの意義を見失い、何をしてもつまらなく、昼間はまだよかったが、夜になると下宿の一室にじっとしてることが出来ずに、家庭を持ってる友人の家や撞球場や碁会所や、または怪しげな旗亭など、兎に角何処かで賑やかな時間を過して、十二時が過ぎなければ、云い換れば、すぐに眠るより外はない時間にならなければ、下宿へ帰ってゆく気になれなかったのである。