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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
線上閱讀林 不忘《釘抜藤吉捕物覚書(くぎぬきとうきちとりものおぼえがき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 19,251 字 · 39 頁
一
三十間堀の色物席柳江亭の軒に、懸け行燈が油紙に包まれて、雨に煙っていた。
珍しいものが掛っていて、席桟敷は大入り満員なのだった。人いきれとたばこで、むっとする空気の向うに、高座の、ちょうど落語家の坐る、左右に、脚の長い対の燭台の灯が、薄暗く揺れて、観客のぎっしり詰まった場内を、影の多いものに見せていた。
扇子を使いたい暑さだったが、誰も身動きするものもなかった。その年は夏が早いのか、五月だというのに、人の集まるところでは、もう、どうかすると、こうしてじっとしていても汗ばむくらいだった。
軍談、落語、音曲、操り人形、声色、物真似、浄瑠璃、八人芸、浮かれ節、影絵など、大もの揃いで、賑やかな席である。ことに、越後の山奥とかから出て来たという、力持ちの大石武右衛門が人気を呼んで、このところ柳江亭は連夜木戸打止めの盛況だった。
いま高座に出ているのは、若いが達者な、はなし家の浮世亭円枝である。刷毛目の立った微塵縞の膝に両手を重ねて、
「ええ、手前どものほうでたびたび申し上げますのがお道楽のおうわさで――。」
はじめている。
客はみな、今に来る笑いを待ち構えるような顔で、円枝の口元を見詰めながら聞き入っていた。