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あおべかものがたり

青べか物語

山本 周五郎

線上閱讀山本 周五郎《青べか物語(あおべかものがたり)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 160,888 字 · 317 頁

青空文庫

――彼女は紙に岸がん様と書いて、それを位牌とみたて、世間でにんきのわいているあいだは、欠かさず線香をあげていた。だが、にんきなどというものははかないもので、五六十日も経つともう誰もその話をしなくなり、みんな「そんなことがあったかしら」といったような顔をするようになった。

「ここまではいいんだけどさ、――聞いてるの先生」と栄子が云った。

私は答えて、自分の酒を啜った。

「そんな気のない顔をしないでよ、これからくやしい話になるんだから」と栄子は酒を呷って咽せ、咳きこみながら二つも三つもくしゃみをし、涙と水洟をたらし、それを浅草紙で乱暴に拭いてから、「こんちくしょう」とどなった。二つ以上くしゃみをしたときには、そう云わないと風邪をひくのだそうである。栄子はなお咳をして、喉の調子をととのえてから云った、「――くやしいじゃないの、岸がんのやつ生きてたのよ」

話のようすで、私もそんなことではないかと想像していたが、むろん口には出さなかった。

それからまる一年経った或る日、堀東のおでん屋へ一人の男が飲みにはいった。くたびれた背広を着、鞄を持ち、鳥打帽をかぶっていた。