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あごじゅうろうとりものちょう

顎十郎捕物帳

久生 十蘭

線上閱讀久生 十蘭《顎十郎捕物帳(あごじゅうろうとりものちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 11,061 字 · 22 頁

青空文庫

名人になると、ひとりで四つの写箱をつかいわけて、画面の人物をたくみに操り、さながら、生きて動く人間を見るような至極な芸を見せたものであった。

そのころでは、これはこの上もない面白い観物。あすは名主さまの家で『写し絵』があるということになると、近郷村一帯、だれも仕事に手がつかない。七八里もあるところから、村じゅう総出で、提灯をつけて夜道を辿ってやってくる。

さて、いよいよ、当日。

又右衛門の家では朝から転手古舞い。

広座敷に燭台を出したり、楽屋をこしらえたり、座布団や煙草盆。庭には、いっぱいに筵を敷きつめ、足りないところには縁台を出す。

下男頭の作平が、僕童を追いまわしながら、

「おいおい、ここに筵が足らねえぞ……縁台はこっちじゃあねえだ。むこうだむこうだ」

などと、汗みずくになってやっている。すこし骨細だが、実直そうないい壮者。

奥では、接待の麦茶わかし、子供にくばる菓子づつみや強飯やら。

このほうは、女中頭のお年が一生懸命に采配をふるっている。しめりかえったこの屋敷に一時に春がきたよう。だれもかれも、浮き浮きした笑い声をあげて走りまわる。

まだ日も暮れぬうちから、晴着をひっぱった老幼男女が、煮〆の重詰や地酒をさげてくりこんでくる。