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うまのあし

馬の脚

芥川 竜之介

線上閱讀芥川 竜之介《馬の脚(うまのあし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 10,968 字 · 23 頁

青空文庫

すると誰かためらい勝ちに社宅の玄関のベルを押した。彼女はそれでも気にせずにボオイの取り次ぎに任かせて措いた。が、ボオイはどこへ行ったか、容易に姿を現さない。ベルはその内にもう一度鳴った。常子はやっと長椅子を離れ、静かに玄関へ歩いて行った。

落ち葉の散らばった玄関には帽子をかぶらぬ男が一人、薄明りの中に佇んでいる。帽子を、――いや、帽子をかぶらぬばかりではない。男は確かに砂埃りにまみれたぼろぼろの上衣を着用している。常子はこの男の姿にほとんど恐怖に近いものを感じた。

「何か御用でございますか?」

男は何とも返事をせずに髪の長い頭を垂れている。常子はその姿を透かして見ながら、もう一度恐る恐る繰り返した。

「何か、……何か御用でございますか?」

男はやっと頭を擡げた。

「常子、……」

それはたった一ことだった。しかしちょうど月光のようにこの男を、――この男の正体を見る見る明らかにする一ことだった。常子は息を呑んだまま、しばらくは声を失ったように男の顔を見つめつづけた。男は髭を伸ばした上、別人のように窶れている。が、彼女を見ている瞳は確かに待ちに待った瞳だった。