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なるとひちょう

鳴門秘帖

吉川 英治

線上閱讀吉川 英治《鳴門秘帖(なるとひちょう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 56,957 字 · 114 頁

青空文庫

であった。

だが、この山牢のある近い所までくると、さすがに、森厳な冷気と山気があって、きょうは諦めようと我を折ったので、啓之助は、はじめてホッと安心した。

で、ご機嫌の変らぬうちに、よろしく下山をすすめようと思っていると、不意に、森々とした空気を破って、

「山番ッ、山番ッ、山番はいねえか――」

とはるかな上で、絶叫するものがあった。

「ヤ……?」

啓之助はハッとして、三位卿の顔をみた。三位卿も、木魂につんざいた今の声に驚いて、爼板岩の上へ突っ立った。

と――また一声。

「山番ッ――」という叫びが、高い木立の奥でしたかと思うと、時鳥のように、それなり後はシーンとしてしまった。

「何かあったな? ……」

竹屋三位は、星でも占うようにつぶやいた。

「この山に、異変のある筈がございませぬ」

啓之助が否定した。

「イヤ、今の最後の声に鬼気があった。誰か人が斬り殺されたぞ」

「それは気のせいでござりましょう」

「啓之助、お前は兵学に通じておらぬから、話せない。人が殺される間際の五音ほど明らかなものはないのじゃ。たしかに誰か殺されている。イヤ、誰かではない。今叫んだ声の主が斬られた……」