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おうがいのおもいで

鴎外の思い出

小金井 喜美子

線上閱讀小金井 喜美子《鴎外の思い出(おうがいのおもいで)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 127,675 字 · 254 頁

青空文庫

そこをまだ若い土井の息子さんが、友達と一緒に馬を走らせるのが土手の上から見えました。老年になってからのお子さんで、大切になさるのだと聞きました。馬場はまた弓射場にもなっているので、月に幾日か弓袋を持った人が出入して、的に中る矢の音が聞えます。その人たちの休む仮屋が片隅の二本杉の傍にあって、賑やかな人声もしますが、常は静かなもので雉子が遊んでい、夜は梟の声も聞えます。二本杉は名高いもので、昔何代目かの将軍が、野立の時箸を立てられたのだといい伝えられて、白山上からもよく見えました。門前の松の根に休んでいますと、杉や松の梢を渡る風は颯々の音を立てて、暑中も暑さを忘れます。人通りもありませんから、夜はよく出て涼みました。

或夏の夜、そこに休んでいますと、暗い坂の下から歩いて来る人がありました。近寄りましたらお兄様でした。

「まあお珍らしい。さあどうぞ。」

「いや、坂下まで昨夜も来たのだが、今夜も来たからこっちから帰ろうと思って。歩いてここらを通るのは珍らしいよ。ここは涼しいね。」

ずんずん行っておしまいになりました。吉祥寺の方からお帰りになるのでしょう。馬場はもとより、宅の並びにも門灯の附いているのは一、二軒ですから、月もない頃で、下駄の音がまだ聞えるのに、もう姿は見えません。