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デカルトといんようせいしん
デカルトと引用精神
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《デカルトと引用精神(デカルトといんようせいしん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 3,511 字 · 7 頁
デカルトは『方法叙説』の終りの辺で、みずからこの問題に解答を与えている。「私が私の先生の言葉であるラテン語で書かずに、母国の言葉であるフランス語で書いたのは、自分自身の本来の極めて純粋な理性しか用いない人の方が、古人の書物しか信じない人よりも、私の意見をよく判ってくれるだろうと思うからだ。良識と探究とを結びつける人こそ私の審判官として望ましいのだが、そういう人達は、私が自説を俗語で説いたからと云って、その理解を拒むほどに、ラテン語のひいきではなかろうと信じる」、と云うのである。
フランス語のよくは読めない私自身は、この『ディスクール』の文章全体が果して純粋な美しいフランス語であるかはどうか判定の限りではない。多分良いフランス文であろうとは想像している。だが、デカルトのフランス語に対する功績は、そういう作文問題にあるよりも、勿論もっと根本的な処に横たわる。と云うのは、この俗語を以て最も厳密な思案の道具としたという、フランス語に対するその信任の厚さに、功績があるわけだ。之は一応は言葉や国語の問題ではあるが、だが決してそれだけの問題には止まらない。実を云うと、そういう俗語によって表わされる観念の問題であり、使われる概念の問題であり、運用されるカテゴリーの問題なのである。