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ボロやのしゅんじゅう

ボロ家の春秋

梅崎 春生

線上閱讀梅崎 春生《ボロ家の春秋(ボロやのしゅんじゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 129,411 字 · 263 頁

青空文庫

次の瞬間、それが愚かな疑いであることに、直ぐ思い当った。二人とも茶には手をつけなかった。常務が口を切った。

「この度うちのがたいへん失礼な態度を取りましたそうで――」

彼は話を聞きながら、運転手の顔をちらりちらりと見ていた。一昨夜はもっと若い、横柄な感じだったのに、今そこに腰をかけているのは、ジャンパー姿の三十前後の実直そうな、むしろ愚鈍な印象の男である。細い眼がねむそうにたるんでいる。焦点距離がないみたいで、どこを見ているのか判らない。

『換え玉を連れて来たんじゃないか。こんな男じゃなかった』

と彼は考えた。

『本人を連れて来たら、またいざこざが起きるもんだから――』

「そういうわけでございますから、何とぞお許しのほどを」

肥った常務はごそごそと箱を取り出した。包装紙の具合から見ると、菓子折か何からしい。

「いや。それは――」

彼は大声を出した。

「そんなものが欲しくて、電話をかけたんじゃないんだ。あんたたちは何か誤解をしている。僕はただうちの道が――」

「判っております。判っております」

常務は立ち上って、運転手を小突いた。

「おい。君もあやまれ。早く」

運転手がじっとしているものだから、常務は運転手の後頭部に手を当て、ぐっと前に押した。