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せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる

一九三二年の春

宮本 百合子

線上閱讀宮本 百合子《一九三二年の春(せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 21,942 字 · 44 頁

青空文庫

宮本が、

「なかなかいいよ。非常に村役場の書記めいていていいよ」

と云った。

「つまり小樽むきということだね、……じゃ、失敬」

夜気に溢れる笑声に向って格子をしめ、小林は下駄の音を敷石に響かせて去った。

村山知義が召喚されたのはその翌日である。

四月七日の午後六時すぎごろであった。街燈はついたがまだすっかり暗くはなっていない夕暮の通りをわたしは一人鞄を下げて歩いて来て、家の格子の外に立った。ふだんのとおり、静かに格子は閉っている。ベルを鳴らすと、誰かがすぐ出て来て格子の錠を内からはずしたが、その時、後からさす電燈で、男の頭のかげがくもり硝子にちらりと映った。おや誰が来ているのかしら。そう思った時、もう格子が開き、こちらを向いて家の中にむんずと立ちはだかっているのは、真黒い顔をした警視庁の山口であった。

「警視庁です」

威圧的に云った。黙って靴をぬいで玄関に入り、

「いつからいたんですか」

とわたしは訊いた。

「今朝七時からお待ちしていました。――はりこみです」

わたしが非常に不愉快な気持で、ずんずん廊下を茶の間の方へ行くと、後から、

「お一人ですか」

と山口が云った。