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せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる

一九三二年の春

宮本 百合子

線上閱讀宮本 百合子《一九三二年の春(せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 21,942 字 · 44 頁

青空文庫

東北訛のある発音の低声でその若い看守は答え、一つところに立ってニヤニヤしている。本当に買うのなら、看守は、留置人の番号によって保管している金を出し、小使に命じなければならないのだ。

「――お願いします」

「うむ」

「……この前猿又を頼んだ時にも、あなたは返事ばかりして結局買ってくれなかったじゃないですか。――頼みますよ」

爪先だった大股で入口の覗き穴のところから外の様子を見て、誰も来そうもないとわかると看守はまた落付きはらって、お前の方がとるべき態度をとれば、こっちもきいてやるという意味のことをいった。

「六十日もいて、原籍をいわないじゃないか」

「われわれ共産党員には鉄の規則がある。それは守らなけりゃならないのです。……だが、そんなことはあなたに直接関係ないじゃないですか。買って下さい」

彼は広島で青年同盟の中心的活動をして、東京へ出て間もなく捕えられたのだそうだ。二十一歳の労働者出の革命的な青年である。岨と看守との押し問答がだんだん嵩じて来て、六十日間にすっかり頭髪の伸びてしまった岨は、腹立たしそうに、

「なんだ! それで君の任務がすむと思ってるのか!」