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こんにちのぶんがくのてんぼう

今日の文学の展望

宮本 百合子

線上閱讀宮本 百合子《今日の文学の展望(こんにちのぶんがくのてんぼう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 43,109 字 · 83 頁

青空文庫

不安の文学という霧がこの渾沌から湧き上った。時代の知性の特色は帰趨を失った知識人の不安であるとされ、不安を語らざる文学、混迷と否定と懐疑の色を漉して現実を見ない文学は、時代の精神に鈍感な馬鹿者か公式主義者の文学という風になった。そして、この不安の文学の主唱者たちは、不安をその解決の方向にむかって努力しようとする文学において唱えず、従来人々の耳目に遠かったシェストフなどを引き出して、不安の裡に不安を唱えて低徊することをポーズとしたのであった。

河上徹太郎、小林秀雄諸氏によって、その伝記が余り詳らかでないシェストフは日本文壇に渡来させられた。シェストフはキエフ生れのロシア人で一九一七年にロシアからフランスへ亡命した評論家である。『ドストイェフスキーとニイチェ』そのほか六巻の著作をもった男だそうである。元来シェストフの不安と云われるものは理性への執拗な抗議、すべて自明とされるものに対する絶望的な否定に立って、現実に怒り、自由に真摯な探求を欲することを彼の虚無の思想の色どりとしているのであるから、不安を脱出しようという精神発展の要因は含まれていない。

紹介者諸氏の驥尾に附して当時シェストフと不安の文学という流行語を口にしない文学愛好者はないようであったが、遂にこの流行は不安に関する修辞学に終った。