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あにのこえ
兄の声
小川 未明
線上閱讀小川 未明《兄の声(あにのこえ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N3,點詞查義。
N3 · 進階 · 新字新假名 · 4,426 字 · 9 頁
おかあさんは、ぼくに向かって、よくこういわれました。
「小さいときから、おまえのほうは、気が強かったけれど、にいさんはおとなしかった。まだおまえが、やっとあるける時分のこと、ものさしで、にいさんの頭をたたいたので、わたしがしかると、いいよ、武ちゃんは、小さいのだものといって、にいさんは、おこりはしなかった。ほんとうに、がまん強い子でした。」
ぼくは、そうきくと、物心のつかない幼時のことだけれど、なんとなく、いじらしい兄のすがたが目に浮かんで、悲しくなるのです。
兄が召集されてから、後のことでした。
えんがわに、兄のはいていたくつがかわかしてありました。まだ落とし残されたどろがついています。朝晩、兄は、このくつをはいて、通勤もすれば、また会社の用事で、方々をあるきまわったのでした。ときどきは、映画館の前にも立てば、喫茶店へも立ちよったでありましょう。なにしろ、かけがえのくつを持たなかったから、かかとはへるにまかせて、いたんでいました。もっとも、一度、街頭で朝鮮人のくつなおしに裏皮をとりかえさせて、月給のほとんど全部を払わせられたことがあります。考えれば、このくつには、兄のふんできた生活の汗がにじんでいるのでした。