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ゆうもやのなか
夕靄の中
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《夕靄の中(ゆうもやのなか)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,522 字 · 19 頁
夕靄……が濃くなって、墓地の向うはおぼろにかすんでいる。男の姿はその靄の中へと、静かに消えていった。
「あの人はまあなにを勘違いしたんでしょう」
老女はこう云って太息をついた。
「似ていた私が悪いんですよ」彼はなだめるように云った、「――貴女がいて呉れたので、早く疑いが解けて助かりました、しかしああいう職の人間にしては、思い遣りのありそうな人でしたね」
解放されたように、気が楽になった。桐生から此処へ来るまでの、どす黒い、歪んだ感情。泥まみれに汚れた途の、すぐ脇に、こういう静かな、無事な世界があった。そのつもりなら、いま云われたように、この老女を伴れて桐生へ帰ることもできる。
――そいつはあんまりきざだ。
そして、幾らか不自然でもあるがそうすることができれば、自分も仕立職としておちつくことができるかもしれない。
「暮れてきましたね」彼は阿迦桶を持ちながら云った、「――帰るとしましょうか」
「あら、それはわたくしが」
「いいえ私が持ちます、ついでにお宅まで送ってゆきますよ」
なにか云いたそうな老女の背へ、彼はそっと手をかけ、劬るように並んで、歩きだした。……夕靄をゆすって、鐘が鳴り始めた。