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ゆうもやのなか
夕靄の中
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《夕靄の中(ゆうもやのなか)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,522 字 · 19 頁
棘を刺したのかと思って、出してみると、それはささくれであった。
そうだ、あの寺の墓地は広かった。
彼は指のささくれを舐めながら、まっすぐに(初めからそれが目的であったかのように)門前の茶店へはいっていった。
暗くじめじめした、かなり広い土間に、茣蓙を敷いた腰掛が並び、壁によせて、萎れた菊や、樒や、阿迦桶などが見える。十七八の娘が一人、土間に莚をひろげて、せっせと小さな花の束を作っていた。
「花と線香を下さい」
娘はこっちを見た。色が黒くてまるっこい、田舎から出て来たばかりといったふうの、愛想のない顔だちであった。
「おまいりですか」ぶっきら棒に云って、いま作ったばかりの花束を、むぞうさに一つ取り、跼んだまま出してみせた、「こんなのでどうですか」
そして横眼でこちらを見たが、慌てて鼻の頭をこすった。
「もう少し大きいのにして下さい、そっちの大輪の菊を入れて、いいえその白いのがいい」
「これは高価いけどいいですか」
彼は花を選ませながら、眼では巧みに表を見ていた。その男は悠くりと、いちど店の前を通り過ぎ、また戻って来て、元のほうへと、暢びり通り過ぎた。月代がうすく伸び、逞しい顎にも無精髭がみえた。