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おうしゅうにおけるみたちふじわらし
奥州における御館藤原氏
喜田 貞吉
線上閱讀喜田 貞吉《奥州における御館藤原氏(おうしゅうにおけるみたちふじわらし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 17,211 字 · 34 頁
源行家が伊勢大神宮に捧げた「願文」に後三年の役のことを述べて、「祖父義家……国家の為に不忠武衡・家衡等を討じ、威を東夷に振ひ名を西洛に上げ、……皇威夷域に及び仁恩一天に普ねし」といっているのは、時代はやや違うがやはり奥羽の地をもって夷域となし、その住人を東夷と称したものである。降って東大寺の重源が平重衡によって焼かれた大仏殿の再建を企つるや、第一に大檀那として施主に仰いだのはこの夷域たる蛮陬夷落虜陣戎庭であった。当時これに長たる東夷の富豪藤原秀衡は、西行法師の一族であったので、西行はその一族の縁を辿って、はるばると勧進に赴いたのであった(『吾妻鏡』文治二年八月十六日条)。しかして秀衡まずこれに応じて奥羽の民これにならい、次第に他の諸国に及んだとある。それを「東大寺造立供養記」には、
東は毛人の域に勧進して夷類等随分の奉加あり。是れ一の不思議なり。爰に奥州の猛者藤原秀平真人、殊に慇懃の志を抽で、専ら知識の方便を廻らすなり。真人の忠節によつて奥州の結縁を尽くし、爾より以降一天四海次第に結縁するなり。
と書いてあるのである。当時の奥羽の民は、実に夷類として認められ、その地は実に毛人の域として認められていたのであった。