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てらさかきちえもんのとうぼう
寺坂吉右衛門の逃亡
直木 三十五
線上閱讀直木 三十五《寺坂吉右衛門の逃亡(てらさかきちえもんのとうぼう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,243 字 · 19 頁
そんなこと位、お利口な太夫さん、判らないことはなかろう、人間最後の時だ。せめて、金位、士分並に、分配してくれたなら、何うだ――止めだ、俺は、討入はやめだ。誰が、そんな奴に、忠義をするもんか、人を馬鹿にしてやがる)
吉右衛門が、俯いて、心の底から、怒りに顫えていると
「では、支度に」
と、内蔵之助がいった。そして
「吉」
と、振向いて、紙包を、膝の前へ投げた。それは、小判でなく、小粒らしく、小さい紙包であった。吉右衛門は、俯いたまま、お叩頭をして
(くそっ、もう要らねえ、もう要るもんか)
と、思ったが、押頂いて、懐へ入れた。富森助右衛門が、帯に入れる鎖、呼笛、鎖鉢巻、合印の布などの一纒めにしたのを、配って歩いた。そして、吉右衛門の前へくると
「吉は、要るまい」
と、いった。内蔵之助が
「吉は、わしに、ついておればいい」
と、いった。
二
月は、走る雲の中に、薄く姿を現していた。何の物音も――それは、空にも、地にも、人々の間にも、起っていなかった。もう話をすることも無かったし、吉良の邸の前であった。槍の尖を、きらきらさせて、黒い影の人々は、二手に別れた。