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からすうりのはなとが

寺田寅彦随筆集 第三巻

寺田 寅彦

線上閱讀寺田 寅彦《寺田寅彦随筆集 第三巻(からすうりのはなとが)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 213,804 字 · 425 頁

青空文庫

発句はどうにかできても連句は到底できないであろう。

芭蕉が「誹諧は万葉の心なり」と言ったという、真偽は別として、偽らざる心の誠という点でも、また数奇の体験から自然に生まれた詩であるという点でもまさにそのとおりである。しかしたしか太田水穂氏も言われたように、万葉時代には物と我れとが分化し対立していなかった。この分化が起こった後に来る必然の結果は、他人の目で物を見る常套主義の弊風である。その一つの現象としては古典の玩弄、言語の遊戯がある。芭蕉はもう一ぺん万葉の心に帰って赤裸で自然に対面し、恋をしかけた。そうして、自然と抱合し自然に没入した後に、再び自然を離れて静観し認識するだけの心の自由をもっていた。

芭蕉去って後の俳諧は狭隘な個性の反撥力によって四散した。洒落風浮世風などというのさえできた。天明蕪村の時代に一度は燃え上がった余燼も到底元禄の光炎に比すべくはなかった。芭蕉の完璧の半面だけが光ってすぐ消えた。天保より明治子規に至るいわゆる月並み宗匠流の俳諧は最も低級なる川柳よりもさらに常套的であり無風雅であり不真実であり、俳諧の生命とする潜在的なるにおいや響きは影を消した。