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しょうしょうしげもとのはは

少将滋幹の母

谷崎 潤一郎

線上閱讀谷崎 潤一郎《少将滋幹の母(しょうしょうしげもとのはは)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 83,234 字 · 160 頁

青空文庫

薄気味の悪い父であることに変りはなかった。

乳人はよく、佛間が餘りひっそりしていることがあると、

「若様、お父さまの所へいらしって、何をなすっていらっしゃいますか、そうっと覗いて御覧遊ばせ」

と、そう云ったので、滋幹が恐る/\佛間の前へ行って、閾際に跪いて、音を立てぬように障子に手をかけて、一寸ばかりする/\と開けて見ると、正面に普賢菩薩の絵像を懸け、父はそれに向い合って寂然と端坐していた。滋幹の方には後姿しか見えないのだけれども、暫くじっと窺っていても、父は経を読むのでも、書を繙くのでも、香を薫くのでもなく、たゞ黙然と坐っているだけなので、

「お父さまはあゝして何をしていらっしゃるの?」

と、或る時乳人に尋ねると、

「あれは、不浄観と云うことをなすっていらっしゃるのです」

と、乳人が云った。

その不浄観と云うのは大変むずかしい理窟のあることなので、乳人にも委しい説明は出来ないのであったが、要するに、それをすると、人間のいろ/\な官能的快楽が、一時の迷いに過ぎないことを悟るようになる、そして、今まで恋しい/\と思っていた人も恋しくなくなり、見て美しいとか、食べておいしいとか、嗅いで芳しいとか感じた物が、実は美しくも、おいしくも、芳しくもない、汚わしい物であることが分って来る。