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さんじょうこ
山上湖
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《山上湖(さんじょうこ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 10,912 字 · 22 頁
十月の半ばをちょっと過ぎたばかりで、湖水をかこむ彼方の山々の峯には、仄白く見えるほどに雪が降った。翌日からは南の風で少し温く、空晴れて、宵に大きな月がでた。
「まあ、きれいな月……。外に出てみよう。」
誘うともなく、誘わぬともなく、言いすてて、私は外套をまとい、スカーフを首に巻きつけた。
「ちょっと待って。これで大丈夫かな。」
寒くはないかという意味なのだ。シャツの上に湯上りと丹前を重ねただけの平田は、あわてて、ジャケツを着、帯をしめ直し、合のオーバアを肩にひっかけて、私のあとについて来た。
そんなこと、なんでもないことなのだが、今では、私の気にさわるのだ。月夜の湖畔のそぞろ歩き、それも二度と出来るかどうか分らない私達ゆえ、出かける時に、それにふさわしいしっとりした言葉のやりとりが、感情の照応が、あってもよい筈だった。私の方もわるいけれど、平田の方がなおわるい。外に出てみようと言う私へ、ただ犬のようについて来るだけではないか。第一、身なりが見っともない。私はお風呂の後でも、寝るまでは服装をきちんと整えているのに、平田の方は、この旅館に着いたその日から、湯上りと丹前姿で、あぐらをかいて酒を飲んでいる。