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いけぶくろのみせ

山之口貘詩文集

山之口 貘

線上閱讀山之口 貘《山之口貘詩文集(いけぶくろのみせ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 44,477 字 · 93 頁

青空文庫

家に来て、その日その日をぼくはお化けの気配におびえながら、友人の須南君が貸して呉れる筈の旅費を待ちあぐんでいたのである。

そこへ、関東の大地震なのであった。波里さんはすっかり絶望してしまって、もう東京にいても仕方がないから郷里へ帰るんだと云い出したのである。汽車が駄目でしょうと云うと、波里さんは一応、従兄の家に引揚げていて、汽車の復旧次第郷里へ帰るのだと云ってぼくの顔を探るみたいに、

「君はどうする?」と来たのである。

こう云われてみれば、これまでのように、波里さんのあとにくっついて行くわけにもいかず、とにかく、ぼくは、九段まで行ってみることにしますと答えた。九段には、同郷の某侯爵邸があって、そこには、友人の胡城君というのが書生をしていたからである。ぼくは、三脚椅子を肩に、ズックの鞄をぶら提げて、駒込中里のお化けの家を出たのである。街は、大変な騒ぎなのであった。江の島が海底に沈んでしまったとか、鎌倉が津浪にさらわれてしまったとか、社会主義者は片っ端から警察に引っ張られたとか、または荒川方面から朝鮮人の大群が東京をめざして攻めて来つつあるとか、井戸という井戸には、毒が投じられているので、井戸水を呑んではいけないとかと、そのようなことが次から次へと、途々、ぼくの耳に這入って来た。