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おびひろまで

帯広まで

林 芙美子

線上閱讀林 芙美子《帯広まで(おびひろまで)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 13,656 字 · 28 頁

青空文庫

伊代は九太の思い出が浮かばないだけでもいゝと思った。硝子戸は四枚あったが、桟が青ペンキで塗ってある。

伊代はこの部屋で半年近く暮した。男一人住いよりも侘しい生活であった。九太のくれた四拾円にはとっくに手がついていて、もう二三円しか残っていなかったけれども、それでも郵便貯金の通帳を持っていると云うことは、単純な彼女にとって何とない力頼みでもある。

丁度、九太と別れて一年たった。

一年目の六月、伊代は有名な化粧クリームの広告で、マネキン七八人連れで北海道へ一ヶ月の約束で買われて行った。函館へ着くと、半分に分れて、一方は小樽から札幌、岩見沢、旭川、わっかないと云う順に廻り、一方は室蘭、帯広、釧路、網走と巡って行くのであったが、伊代はわざわざ帯広まわりを申し出て、六月にしては朝晩の寒さの激しい宗谷本線へ向った。――初めに釧路に落ちついた。夜になると潮霧が深くこめて、街を歩くと服がしっとりとするようであった。街中の灯が、潤んで見えた。三分おきに街の上では霧笛が鳴った。風呂へ這入りながら、女達は霧笛が鳴るたびに眼を見合せて、「遠くへ来たわね」と云いあっている。