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まぼろしのかなた
幻の彼方
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《幻の彼方(まぼろしのかなた)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 頁
順という字も一という字も感じがよかった。岡部順一と並べてみても悪くなかった。それにきめた。
七夜に奉書の紙に名前を書いて命名が済んだ。産婆からいい名前だとほめられたのが、お世辞にせよ彼には嬉しかった。麻で結えられた素焼の胞衣壷とと」]、油紙の大きな汚物袋とが、妙に彼の気にかかっている所へ、胞衣会社から来た男の手で持ち去られた。彼は区役所へ出産届をした。
万事が済んだ。順一は大抵眠っていた。秋子も昼となく夜となくうとうとしていた。食事と乳との時だけ、母と子とははっきり眼を覚した。
これでいいのかな?
そういう予感が、自分の室に居る時、街路を歩いてる時、会社で執務してる時、ふっと順造の頭を掠めた。
不思議なのは、離れてると順一のことばかり気になったが、その室に足をふみ入れると、秋子の存在が順一を蔽いつくしてしまった。
俺には順一より秋子の方が可愛いいのだ!
そういう気持で彼は尋ねかけた。
「どうだい、身体の工合は?」
「ええ。」
返辞だけをして、いいとも悪いとも答えないで、彼女は痩せた頬に弱々しい微笑を浮べた。その頬にぼっと赤味のさしてることがあった。
「熱があるんじゃないのかい。