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まぼろしのかなた
幻の彼方
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《幻の彼方(まぼろしのかなた)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 41,763 字 · 84 頁
その底から、彼女の大きな腹が眼の前に浮出してきた。
彼は恐ろしくなって、頭から布団を被った。
朝早く、女中が竈の下を焚きつけてる間に、彼は押入から硝子の金魚入を取出して、それを裏口に持ち出し、塵箱の中へ力一杯に投げ入れて砕いた。
爽かな清い朝だった。彼は何物かに祈らずにはいられない心地になった。
秋子が回復してくれさえしたら!
然しその日も、同じように混沌たる影のうちに包まれた。
四
順造は乳母のことを、頭の何処かにひっかかりながらも、いつとはなしに考えの外へ投り出しがちだった。所が或る日、桂庵の婆さんが不意に若い女を連れて来た。
乳母だ、と聞いた時、順造は一寸面喰った心地がした。どういう風に応対していいものか分らなかった。
兎も角も離れの室に通した。桂庵の婆さんと若い女とは、きちんと膝を合して坐った。婆さんは室の中の様子をじろじろ見廻した。若い女は顔を伏せていた。羽二重の帯に銘仙絣の着物羽織をつけ、髪を大きな束髪に結っていた。櫛を一本もさしていないのが、変に順造の眼に止った。
「この人が乳母に出たいと申すのでございますが……。」と桂庵の婆さんは、看護婦が遠慮して出て行った時云い出した。