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ひかげのまち

幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選

松本 泰

線上閱讀松本 泰《幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選(ひかげのまち)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 52,797 字 · 107 頁

青空文庫

坂口は或事を考えて急に険しい顔付になった。

婦人は間もなく酒場を出て去った。

坂口は、笑いながら自分の前へ廻って来た給仕女に、

「何だね、あの方は」と訊くと、

「大方狂人でしょうね。この一週間程前から、毎日のように来ていますよ」といった。

坂口は続いて表へ出た。彼は数間先を蹌踉と歩いている女の背後から声をかけた。

「一寸お待ちなさい。貴女に訊きたい事があるのです」

女はギョッとして振返った。

「私と一緒に警察へ来て下さい」

女は少時相手の顔を凝視めていたが、

「ああ、お前か。……既うこうなっちゃア駄目だ。何処へでも連れて行くがいい。……私は神様の思召通り、真実の事をやったのだから、ちっとも恐れる事はない。何も彼もすっかり言ってやる」と喚いた。

坂口は通りすがりのタクシーを呼んで、足下の危しい女を扶け乗せると、運転手に命じてH警察署に急がせた。

七

女の自白によって、林は其晩のうちに警察から放免された。

寂しいクロムウェル街のコックス家からは、チャタム以来の華やかな、楽しい笑声が洩れた。エリス母子や、甥の坂口に囲まれた半白の林は、絶えず東洋人らしい無邪気な微笑を口許に湛えながら語った。