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ひかげのまち

幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選

松本 泰

線上閱讀松本 泰《幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選(ひかげのまち)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 52,797 字 · 107 頁

青空文庫

「そっちへいってはいけませんよ。旦那様はお加減が不良いとかで、今しがたお寝みになったところですよ」

「では明朝お目に掛るとしよう」私は二つの階段を上って、三階の寝室へ入った。

私は電灯を消すと、窓のブラインドを一ぱいにあけて、床へ入った。私は疲労れきっていた。それでいて頭脳は妙に冴返っていて、朝からの出来事が非常にハッキリと、そして素晴しい迅速で、次々と脳裡に映っていった。ああした事情で、親しく令嬢に会う機を喪ったけれども、彼女が一度でも自分如きに会ってやろうと思ってくれた事だけは確であったに違いない。それだけでも私は嬉しかった。

たった一つ彼女の事を除いては、私には現世に何のひきつけるものはない。おこの沙汰ではあるが、私は奇しきまでに女の美しい姿に引つけられた。私はどうしても彼女を尋ね出そうと堅く決心した。

夜中に一度目を覚した。戸外にはいつか風が出て裏庭の木立を騒がせていた。私は枕をかえして寝返りをした時、墓穴のように静まりかえった階下で、誰かが咳をするのをきいた。続いて床を歩く人の跫音がした。マッチを摺って枕元の時計を見ると午前一時である。私は床の上へ起上って耳を欹てた。