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ひかげのまち
幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選
松本 泰
線上閱讀松本 泰《幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選(ひかげのまち)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 52,797 字 · 107 頁
一ヶ月後には伊太利の海岸から新婚旅行の絵ハガキでも送る事になるだろうよ。然し運ってやつは不思議なものさ。煙草屋の店先で君に会おうとは思掛けなかったよ。六ヶ月間も行方を晦ましてひとり占めをしようなんて、君も中々凄腕だよ」
「ひとり占めだなんて、そんな事があるものか、俺も気心の知れた相手が欲しいと思っていた矢先なんだ」
二人は極めて小声で囁合っているが、私には不思議と聞取る事が出来た。彼等は一体何事に就て語合っているのか、要領を得ないが、兎に角この二人は只ものでないと思った。次の幕が開いたが、私は舞台より隣席の二人の挙動に興味を牽かれるようになった。若い方の男は紙片に何やら認めて、廊下に立っている案内人に手渡していた。それからの二人の言葉は一言半句も聞取る事は出来なかった。然しながら察するところ、二人はある婦人に対して異った主張を固守しているらしかった。而もその婦人というのは、どうであろう、柏の所謂「愛の杯」の主人公で、例の扇子の持主ではないか。私の胸は異常な驚愕と好奇の念に奇しく跳った。私の眼は絶えず筋向うのボックスに注がれた。そこには思い做しか、愁わしげな様子で、じっと舞台を見下している彼女の横顔が真紅のカーテンを背景に美しい線を描いていた。