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かれはむかしのかれならず
彼は昔の彼ならず
線上閱讀太宰 治《彼は昔の彼ならず(かれはむかしのかれならず)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 28,274 字 · 57 頁
黒い毛のショオルにくるまって荒い飛白のコオトを着ていた。白い頬がいっそう蒼くすき透って来たようであった。ちょっとお話したいことがございますから、一緒にそこらまでつきあってくれというのである。僕はマントも着ず、そのまま一緒にそとへ出た。霜がおりて、輪廓のはっきりした冷い満月が出ていた。僕たちはしばらくだまって歩いた。
「昨年の暮から、またこっちへ来ましたのでございますよ。」怒ったような眼つきでまっすぐを見ながら言った。
「それは。」僕にはほかに言いようがなかったのである。
「こっちが恋いしくなったものですから。」余念なげにそう囁いた。
僕はだまりこくっていた。僕たちは、杉林のほうへゆっくり歩みをすすめていたのである。
「木下さんはどうしています。」
「相変らずでございます。ほんとうに相すみません。」青い毛糸の手袋をはめた両手を膝頭のあたりにまでさげた。
「困るですね。僕はこのあいだ喧嘩をしてしまいました。いったい何をしているのです。」
「だめなんでございます。まるで気ちがいですの。」
僕は微笑んだ。曲った火箸の話を思い出したのである。それでは、あの神経過敏の女房というのはこのマダムだったのであろう。