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おんをかえすはなし

恩を返す話

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《恩を返す話(おんをかえすはなし)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 9,018 字 · 19 頁

青空文庫

この年三月二十六日、甚兵衛は、藩老細川志摩から早使をもって城中に呼び寄せられた。

志摩は、老眼をしばたたきながら、

「甚兵衛、大切な上意じゃぞ」と前置をして、「このたび、殿の思召しによって、佐原惣八郎放打の仕手その方に申しつくるぞ」といった。

甚兵衛ははっと平伏したが、その心のうちにはなんとも知れぬ、感情が汪洋として躍り狂った。彼はやっと心を静めて、

「惣八郎奴、何様の科によりまして」ときいた。すると志摩はやや声を励まして、

「それは、その方の知ることではない。その方は仕手を務むれば良いのじゃ。相手も天草で手に合うた者じゃ。油断すな」といいながら苦笑した。

甚兵衛はあわててはならぬと思った。

「とてものことに、殿直々の上意を」と乞うた。

志摩は快くそれを許可した。

「至極じゃ」といいながら、志摩は甚兵衛を差し招いて先に立った。

やがて甚兵衛は、忠尚侯から「志摩が申したこと、良きに計らえ」とのありがたい上意を受けたのである。

上意討ちの仕手になることは、平時における武士の最大の名誉であった。しかし甚兵衛は、もっと大きい喜びがあった。二十六年狙っていた機会が来た。